IPSについて

目次

  1.  IPSを一言でいうと?
  2.  IPSのはじまり
  3.  どのような人がIPSを利用するの?
  4.  IPSにはどのような特徴があるの?
    4.1. IPSの理念と哲学の特徴
    4.2. IPSの支援の特徴
    4.3. IPSのスタッフ構成の特徴
  5.  IPSとユニットミーティング
  6.  IPSには、どのような効果があるの?
  7.  IPSはどのように支援の質を保つの?
    7.1. IPSとフィデリティ尺度
    7.2. 日本におけるIPSの支援の質と日本版フィデリティ尺度
  8.  IPSはどのくらい普及してるの?
    8.1. 世界のIPSの普及状況
    8.2. 日本のIPSの普及状況
  9.  IPSと援助付き雇用はちがうもの?
  10.  IPSとジョブコーチ支援はちがうもの?

 

1. IPSを一言でいうと?

Individual Placement and Support(IPS)は、当事者の「働きたい」という希望を大切にしながら、当事者のチャレンジを応援するオーダーメイドの伴走型個別就労支援です。大きな特徴は、①働きたいすべての当事者を支援の対象とすること、②個々の好みやニーズ、長所に合わせて仕事探しをすること、③個別支援や訪問支援を基本とすること、④実際の職場で働きながら必要なスキルを身につけることを支援するなどにあります(表1)。

表1 IPSの支援の概要

2. IPSのはじまり

Individual Placement and Support(IPS)の原型は、半世紀以上前に遡ります。例えば、IPSが大切にする「Place-then-Train」モデル、すなわち働きながら必要なスキルを身につけるアプローチは、1970年代のアメリカですでに提案されています(1)。1980年代に入ると、アメリカの知的障害領域で、一般企業で働きながら必要な訓練を受ける援助付き雇用という実践が紹介されはじめます(2)。さらに1970年代から1990年代初頭のリハビリテーション法や知的障害に関する法律の改正に伴い、重い障害を持つ当事者に対して、就労支援を提供することに関心が向けられました(2, 3)

アメリカ国内の就労支援の視点の変化は、精神障害領域にも伝わります。具体的には、就労前に訓練を提供する「Train-then-Place」モデルが当事者の就労に結びつかない、あるいはそもそも就労支援を受けられない、支援過程より就労できるか否かに焦点を当てているなどの問題から就労支援の見直しが始まりました(4, 5)。これらの文脈から、1980年代に当事者や支援者、研究者が重い精神症状の当事者の就労支援を応援する方法を一緒に考える中で、生み出された実践がIPSです(6, 7)。なお、IPSは当事者の希望を中心に置く実践であることから、就労支援としては、唯一のリカバリー志向型*の実践として位置づけられています(8)

このように、IPSは、先行する援助付き雇用の議論から影響を受けています(9)。実際、IPSは援助付き雇用の一形態として位置付けられていることから、「IPS援助付き雇用」と呼ばれることもあります。IPSの成り立ちについて、創始者たちの動画でも紹介されていますので、ご関心のある方はぜひご視聴ください。

*ノート
精神障害領域において、当事者視点のリカバリーは、「態度、価値、感情、ゴール、スキル、そして(社会的)役割を変える、個々の特性あるプロセス」(10)や「ノーマルになることではなく、より深みのある人間らしくあるための活動である」(11)と定義されます。リカバリー志向型の実践は、当事者視点のリカバリーを大切にし、①市民権の回復、②個人のリカバリーを支えること、③関係性を大切にすること、④組織として関与することがポイントとされています(12)

3. どのような人がIPSを利用するの?

Individual Placement and Support(IPS)は、働くことを希望するすべての当事者を支援します。重い精神症状の人や症状に波がある人、薬物依存症の人、就労経験の乏しい人、犯罪歴のある人なども支援します(13)。また、最近では、身体疾患や自閉症、知的障害などの当事者にも対象が広がりつつあり、また若者支援や貧困支援などでも導入されています(14, 15)。IPSの支援を始める前の唯一の基準は、その人が働きたいという希望を持っていることです。逆に、働きたいという希望のない人には支援ができません。

ある人からIPSを利用したいという希望があった場合、就労支援員は何回かの面談を行いながら相互理解と協力のための関係作りや情報収集を行います。就労支援員は、その人の話に耳を傾けながら、必要に応じて同意を得たうえで自宅を訪問したり、家族や知人などから話を聞いたりすることもあります。

4. IPSにはどのような特徴があるの?

4.1. IPSの理念と哲学の特徴

Individual Placement and Support(IPS)の理念は、仕事をしたいと思う全ての人を支援し、その人らしい人生を送ることを応援することです。また、働くことを通じて社会参加が可能となり、誰もが受けいれられるインクルーシブな社会を促進することも狙いの一つです。そのために当事者のストレングス(長所)や環境にアプローチしながら、当事者との関係性を重視することが特徴です(13, 16)。この理念やアプローチを実現するために、IPSは8つの原則(哲学)を有しています(図1)(14, 17)

図1 IPSの8原則と就労支援の進め方
出典:林(2023)から作図(17)

① 働きたい全ての人が利用できます(除外基準なし)
症状や障害の程度、通所頻度に関わらず、就職したい・働きたいと希望する人全員を支援対象とします。

② 一般企業等での仕事を目指します(競争的雇用)
障害のある人・ない人が働く場、かつ最低賃金以上が保証される場で働くことを支援します。この条件が満たされる職場であれば、勤務時間が10時間未満でも仕事として考えます。

③ なるべく早く一緒に就職活動を始めます(早期の求職活動の開始)
支援開始早期から就職活動を支援します。当事者のニーズに基づき就労に直接結びつく活動に早期から取り組むという意味であり、やみくもに早急な就職を促しているわけではありません。

④ 就職を希望する会社に連絡し、企業の支援に取り組む(系統的な職場開発)
当事者が希望する仕事に就くことを応援するために、既存の求人に捉われず、様々な企業に求人の有無や新規雇用の可能性を問い合わせます。また、企業や雇用主のニーズも聞き取り、また支援者も職場の風土や状況を学びながら、双方にメリットのある開拓を行います。

⑤ 医療や生活のこともサポート(就労・生活・医療支援の統合)
就職活動支援や就職後の定着支援だけでなく、医療や生活の支援も一緒に行います。

⑥ 必要に応じて、継続的にサポート(期限のないサービス提供)
当事者が必要とする限り、就職後に期限を定めずに定着支援をします。また転職やキャリアアップの支援もします。

⑦ お金のことも一緒に考えます(社会保障の利用)
働くことで得るお給料だけでなく年金や生活保護を含めて、就職後に総収入があがるように、個別相談を受けたり関連情報を共有したりします。

⑧ 個々の希望に合わせてサポート(当事者の好み)
IPSの支援は、当事者の好み、希望、ニーズ、価値観に基づいて提供されます。「できる仕事」より、「やりたい仕事」を一緒に探したり、就活開始のタイミング、週当たりの勤務時間なども一緒に考えたりします。

4.2. IPSの支援の特徴

IPSの原則に忠実な機関では、個別性やニーズを大切にするため、豊富な個別支援を提供します。特に、職場開拓や職場定着支援に力をいれていることが特徴です。日本の調査は、職場開発が支援時間の約40%を占め(図2)、就労後に月当たり平均4回の対面支援と月1.5回の電話等による支援を提供していたと報告しています(図3)(18)

図2 IPSにおけるサービスの特徴
出典:Yamaguchi et al (2020)から作図(18)

図3 IPSにおける定着支援の頻度
出典:Yamaguchi et al (2020)から作図(18)

4.3. IPSのスタッフ構成の特徴

もう一つのIPSの特徴は、就労支援と医療・生活支援をセットにして行うことです。このために、IPSは多職種チームを構成します。具体的には、医師やケースマネージャー、看護師、ソーシャルワーカー、作業療法士、心理職、ピアサポーターなどとチームを組みながら就労と生活の双方を支援します。日本におけるIPSチームの構成は様々です。医療機関でIPSを実施する場合には多職種が集まることが多いかもしれません。また、障害福祉事業所では、就労支援員と生活支援を主として担当する者(生活支援員)でチームを構成することが多いです。(図4)。

図4 IPSのチーム構成の例

5. IPSとユニットミーティング

IPSユニットは、常勤2名以上の就労支援員で構成されるチームです。実際の就労支援では、当事者の希望する就労先がなかなか見つからないことや、就労支援員と当事者の相性の問題など様々な課題があります。IPSユニットでは、就労支援員同士が定期的かつ構造的なミーティングを開催して、就労支援員のスキルや動機を高めます。IPSユニットのミーティングでは、前月の就労者数や職場開拓の数、職場開拓の方法や支援している当事者の情報交換などを行います。また、ある当事者に対してどのような仕事があるかについて、楽しい雰囲気を作りながら、チーム全体でアイデア出しをしていきます。

IPSユニットを仕切るのは、スーパーバイザーの役割です。スーパーバイザーは、就労支援員に対して支援スキルを共有したり、動機付けしたりするだけではなく、IPSの原則の旗振り役としてチームのIPS支援の質を担保します。具体的には、IPSユニットミーティングの開催、個別スーパービジョンの開催、新人の教育などを行います。スーパーバイザーは自身の経験だけでなく、各就労支援員の職場開拓表や支援記録をもとに、困っている就労支援員のサポートをします。時には、就労支援員の支援場面に同行して、支援の在り方を確認したり、助言したりします(図5)。

図5 IPSユニットミーティングの内容

6. IPSには、どのような効果があるの?

Individual Placement and Support(IPS)は、様々な形で効果が検証されてきました。例えば、統合失調症や双極性障害などの当事者を対象とし、IPSを受けるグループと標準型就労支援(訓練型など)のグループの就労状況を比べた、多くの研究が取り組まれてきました。その結果、標準型就労支援と比較し、IPSは約2倍就労率が高く、より長い就労期間が報告されています(図6,7)(14, 19-22)

図6 IPSと就労率
出典:Bond et al (2020)およびHayashi et al (2020)から作図(14, 22)

図7 日本のIPSと就労期間
出典: Hayashi et al (2020)から作図(22)

IPSは、もともと長期入院から退院した当事者、統合失調症や双極性障害の当事者を支援対象として発展してきました。一方で、IPSの効果が世界中で認知されたことから、現在では様々な精神疾患や生活の困難を抱える方に広がりを見せています。現在までのところ、PTSDの当事者、薬物依存症の当事者、メンタルヘルスの課題を抱える若者において、IPSは特に有効と考えられています。(図8)(15)

図8 多様な疾患・障害とIPSの効果
出典:Drake et al (2023)から作図(15)

IPSは費用対効果に優れた実践としても知られています。特に、ヨーロッパや日本など比較的社会保障が充実した国で費用対効果が高いと言われています(23, 24)。例えば、IPSと標準型(訓練型)就労支援を比較した日本の研究では、IPSの就労率と就労期間が良好だったにもかかわらず、医療や障害福祉などの費用は同程度でした(図9)(25)

図9 日本におけるIPSの費用
出典:Yamaguchi et al (2017)から作図(25)

7. IPSはどのように支援の質を保つの?

7.1. IPSとフィデリティ尺度

フィデリティは「忠実性」と訳されます。精神保健福祉領域では、「ある機関の実践が効果的な実践モデルをどの程度忠実に再現しているか」を示す指標という意味で使われる言葉です。また、フィデリティ尺度とは、忠実な再現の程度を数値化するチェックリストのようなものです。

Individual Placement and Support(IPS)のフィデリティ尺度(IPS-25)はアメリカで開発されました(26)。IPS-25は、「スタッフ配置」「組織」「サービス内容」の3領域合計25項目で構成されます(表2)。また、各項目は1-5点で評価されます(合計得点範囲:25-125点)。IPS-25の得点が高いほど、その事業所の実践がよりIPSを忠実に再現していることを意味します。IPS-25の得点と機関就労率との間には相関関係があります(26, 27)。フィデリティ尺度を用いた評価は、外部調査員によって行われることが一般的ですが、近年では自己評価の試みも行われています(28, 29)

一般に、研究で良い結果を得た実践モデルを現実場面で行った場合、成果が上がらないこともめずらしくありません。しかしながら、IPSは研究で示された就労率と日常実践に導入した場合の就労率に大きな差がないことで知られています(図10)(30)。これは、IPSが明快な原則や哲学を持っているだけでなく、フィデリティ尺度が実践の組み立ての説明書あるいは品質保証の道具として機能していることを示唆しています。言い換えると、フィデリティ尺度を用いてIPSを開始することや定期的にモニタリングすることは、IPSサービスの質の維持に役立ちます。

表2 IPS-25の項目
出典:Bond et al (2012)から作図(26)
※IPSのフィデリティ尺度の日本語訳を読みたい方はこちらからダウンロード可能です。

図10 研究場面と日常実践におけるIPSと訓練型就労支援の就労率の比較
出典:Richter & Hoffmann (2019)から作図(30)

7.2. 日本におけるIPSの支援の質と日本版フィデリティ尺度

Individual Placement and Support(IPS)には、日本版のフィデリティ尺度(Japanese version of individualised Supported Employment Fidelity scale: JiSEF)があります。JiSEFが開発された背景には、IPSの支援内容が現在の日本の就労支援や医療制度、福祉制度と合わない点があげられます。IPSが開発されたアメリカは、多職種アウトリーチ型のケースマネジメントチームが配置される地域精神保健センターが、地域ケアを担っています。日本では、「多職種」「アウトリーチ」「個別支援」を併せ持つ地域ケアの制度がありません。また、職場開拓に関しても、認可された機関以外が職業斡旋(あっせん)をすることは禁じられています。そこで、日本の実践者と研究者が力を合わせて、日本版フィデリティ尺度JiSEFの開発や検証に取り組んできました(31)。なお、JiSEFの項目や得点方法は、IPSフィデリティ尺度の原版(IPS-25)と変わりません(表3)。医療・生活・就労支援の統合やスーパーバイザーの役割などの項目の文言が日本の制度に合わせて修正されています。

フィデリティ調査を希望する方は、JIPSAの問い合わせ窓口までご連絡ください(jipsa.higashinihon@gmail.com)。

図3 JiSEFの項目
出典:Sasaki et al (2018)から作図(31)
※JiSEFを読みたい方はこちらからダウンロード可能です。

日本版フィデリティ尺度JiSEFは、現在の形になった2016年から継続的に検証が続けられ、IPSフィデリティ尺度の原版(IPS-25)や機関就労率との相関関係が確認されています(図11,12)(32)。また、2年間の追跡調査によって、フィデリティ得点の低い事業所と比べ、高い事業所では個別支援やアウトリーチ支援を多く提供し、利用する当事者の就労率が高く、就労期間が長いことがわかっています(図13)(18, 33)。これらの実践・研究活動の積み重ねから、現在、JiSEFはアメリカの研究者からもIPS-25の修正版として認知されています(34)。また、日本はフィデリティ研究の進んでいる国の一つとして紹介されています(15)。

フィデリティ調査は第3者調査員による評価を標準的な方法としますが、各機関が自己評価することも可能です。ただし、第3者評価と自己評価における就労率との相関を比較すると、第3者評価の相関係数が高いことから(35)、可能であれば第3者評価をお勧めします(図14)。

図11 IPS-25とJiSEFとの相関
出典:Yamaguchi et al (2021)から作図(32)

図12 JiSEFと機関就労率との相関
出典:Yamaguchi et al (2021)から作図(32)

図13 JiSEFによるIPSの再現度と就労状況との比較
出典:Yamaguchi et al (2022)から作図(33)

図14 JiSEFと機関就労率との相関
出典:Yamaguchi et al (2024)から作図(35)

8. IPSはどのくらい普及してるの?

8.1. 世界のIPSの普及状況

1980年代にアメリカで誕生したIndividual Placement and Support(IPS)は、現在、少なくとも20以上の国で実践や研究が行われています(図15)(15, 36, 37)。2010年代以降は、ヨーロッパの国々でIPSが大きく普及してきました(38)。その背景には、①欧州メンタルヘルスアクションプランや欧州連合(EU)のアクションプランでIPSが明記されるなどの精神保健領域の動きと、②欧州障害戦略と欧州社会権の柱や障害者権利条約の推進など人権の推進という2つの側面があるようです。実際、政策決定にエビデンスを重視する国や人権問題を重視する国として知られるアイスランド、イギリス、オランダ、スウェーデン、ノルウェーなどで、IPSは国の政策になりつつあります。

図15 IPSの国際的な普及状況
出典:Becker et al (2020); Bond et al (2021); Jónasson et al (2022); Drake et al (2023)から作図(15, 36-38)

8.2. 日本のIPSの普及状況

日本で最初にIPSが導入されたのは2005年に千葉県市川市で始まった研究でした。ほぼ同時期に東京都の桜ケ丘記念病院でもIPSの試験的取り組みが始まりました。その後、現在に至る約20年間にIPSは徐々に広がってきました。2024年9月の時点で、国内33機関がIPSを導入あるいは部分的に取り入れています(図16)。そのうち、これまでにフィデリティ評価(IPSの質の評価)を受け、現在もIPSを導入している機関は23機関あります。働く希望を持つ多くの当事者に支援を届けられるように、日本でもIPSが制度化され、広く普及されることが期待されます。

図16 IPSの国内の普及状況
JIPSAのネットワーク情報から作図

9. IPSと援助付き雇用はちがうもの?

Individual Placement and Support(IPS)の原型は援助付き雇用であり、現在でも援助付き雇用モデルの一形態です。国連障害者権利条約は、当事者を社会から排除や隔離するのではなく、そして社会統合から一歩進めた社会的包摂が望ましいとしていますが(39, 40)、援助付き雇用は社会包摂を実現するモデルとして考えられています(図17)(41)

援助付き雇用は、「実際の職場に個人あるいはグループで障害者が入り、職業リハビリテーションを行うスタッフから必要な援助を受けながら就労する」と定義されています(42)。アメリカの1984年の知的障害者法改正や1986年のリハビリテーション法の改正では、援助付き雇用のポイントとして、①重い障害を持つ人が除外されず支援対象となること、②一般企業での仕事(週20時間以上・最低賃金以上が支払われる仕事)、③就職先の職場には、障害のない人とある人がいること(例:集団就職の場合は8人以下)、職場定着のために継続的なサービスを受けることができること(例:少なくとも月2回)があげられています(3, 43)。同時期には、「訓練してから職に就く(Train-then-Place)」に対して、「働きながら訓練をする(Place-then-Train)」というアプローチが広まり、複数の援助付き雇用のモデルが提案されてきました(42, 44)

図17 排除・隔離・統合・包摂のイメージ
IIEP-UNESCO et al (2021); UN General Assembly (2016)から作図(39, 40)

援助付き雇用のモデルと種類

●競争的援助付き雇用(Supported competitive employment)
障害当事者が支援者の援助を受けながら一般企業で就労することを目指すモデルです。就職した当事者が仕事に慣れるようになると、支援者は徐々に援助から離れます。給与は雇用主から就労者に直接支払われます。IPSは競争的援助付き雇用の一つですが、特に精神障害当事者を対象として発展したこと、働きたいと思う全ての当事者を対象とすること、当事者の希望や好みを重視すること、働きながら必要なスキルを身に付けることに特徴があり、支援内容がより明確化されたモデルです。

●サポーティッド・ジョブ(Supported job)
援助付き競争雇用と重なる部分もありますが、給与は最低賃金よりも低いことが一般的です。また、給与は雇用した企業が当事者に直接支払うのではなく、支援機関を通して支払われます。

●エンクレーブ(Enclave)
企業が5~8人の障害当事者集団をまとめて雇用するモデルです。支援者の援助は長く続くことや、製造業への就労が多いこと、給与が低いことなどが特徴です。給与は雇用した企業が当事者に直接支払うのではなく、支援機関を通して支払われます。一緒に雇用される当事者同士でできることや好みも異なるため、支援の際には配慮や工夫が必要です。

●移動作業班(Mobile work crew)
支援者の監督・援助のもと、複数の当事者が職場を移動しながら働くモデルです。例えば、多様な場所の清掃の仕事などがあげられます。給与が低いことなどが特徴です。給与は雇用した企業が当事者に直接支払うのではなく、支援機関を通して支払われます。

●ベンチワーク(Benchwork)
小規模な非営利事業などで、障害のない人とある人を合計15名ほど(障害のある人は8人以下)雇用し、この小グループが支援者の監督のもと、作業を行なうモデルです。給与が低い反面、地域に溶け込むというメリットもあるといわれています。

このように援助付き雇用にはいくつかのモデルがあります。IPSは、週当たりの勤務時間が短くても就労として考えていることもあり、古典的な援助付き雇用の定義とは相違点もあります。また、日本における就労継続A型支援やB型支援を援助付き雇用の一形態とする場合もあります。しかしながら、もともとの援助付き雇用の基準に照らし合わせた場合、障害のある人とない人が一緒に働く職場という基準を満たしておらず、援助付き雇用とはいえません。

10. IPSとジョブコーチ支援はちがうもの?

もともとのジョブコーチ支援の理念や本質的な役割はIPSと似ています。しかしながら、日本におけるジョブコーチは制度化の過程で変容し、IPSとは異なる支援と考えられています。ジョブコーチは、アメリカで援助付き雇用の議論と平行して生まれた就労支援モデルであり(45, 46)、IPSと本質的には重なる点も多くあります。

アメリカでは、1986年のリハビリテーション法の改正で援助付き雇用が制度化されたことに伴って、ジョブコーチが広まりました(47)。つまり、ジョブコーチは援助付き雇用が提供する支援の一部分でした。そして、援助付き雇用およびジョブコーチの背景には、長期のアセスメントとトレーニングを中心とした職業準備性モデルや「訓練してから職に就く(Train-then-Place)」アプローチからの脱却も念頭に置いていたという歴史もあります(45, 48, 49)。また、その支援対象は当事者だけでなく、障害者と雇用者の双方としています。ジョブコーチの役割には、①障害のある人のアセスメント、②職場開拓、③ジョブマッチングの調整、④仕事の支援、⑤社会技能訓練、⑥ナチュラルサポートの形成、⑦定着支援、⑧他の支援との調整があるとされています(47)。ジョブコーチ支援の特徴は、職場における支援と定着支援を中心とした支援を提供することです。このことから、ジョブコーチモデルと呼ばれることもあります(47)。特に、ジョブコーチは職場におけるナチュラルサポートの形成に力を入れることが大きな特徴の一つと言われています(50)

日本では、日本職業リハビリテーション学会の関係者がアメリカの援助付き雇用を紹介する際にジョブコーチの議論も始まりました。具体的には、1992年から高齢・障害・求職者雇用支援機構が運営する地域障害者職業センターでジョブコーチが導入されました(51)。現在では、「配置型ジョブコーチ」「訪問型ジョブコーチ」「企業在籍型ジョブコーチ」の3種類があります。これら日本の制度下のもとで展開されるジョブコーチ支援は、主に就労後の支援を担っています。そのため、就労前にかかわっていた支援者とジョブコーチを担当する支援者は別の人物であることが多いです。このような構造的な問題もあり、日本のジョブコーチの議論では、職業準備性モデル・「訓練してから職に就く(Train-then-Place)」アプローチからの脱却というもともとの議論が語られることが少なくなっています(46)。まとめると、日本の制度下でのジョブコーチは独自の発展をしており、IPSを含めアメリカで発展した援助付き雇用とは異なる支援モデルとなっています。

文献

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